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くわぁんりんの日記
by vla_marie
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『盗まれた手の事件』

 週末から体調不良で臥せっておりました(苦。
 ひなまつりも何も無いまま消化してしまいました(「ミニモニ。ひなまつり!」でもYouTubeでどうぞ)。
 高熱・咳・嚔…しょうがないので病院に行って見るも「ちょうど1年前にも同じ症状で来院してますが?」とのこと。”アレルギーの疑いアリ”のようです。しんどいので、検査は先送り。
 3日程「活動停止」していたおかげで、ほぼ完全に回復しましたが…おかげで、かなり作業に遅れが出ています(死。さて困った。。。

 病床で読み直したのが、この領域の研究者でこれを知らないとモグリとも言える有名な書籍、『盗まれた手の事件』(bk1)。原著1993年、邦訳2004年の出版です。



 著者のボーは法制史が専門で、彼は1つのフィクションをモデルとして、フランスの法的空間における「肉体」の地位について論考を進めています。
 それは、「被害者が事故によって手を切断して失神→再接合可能な手を盗み、ボイラーの中に投げ入れる」というもので、これについて1).切断について有罪となるか、2).窃盗について有罪となるか、3).無罪放免かというもので、ここでの法的判断は、法的に身体が「人」か「モノ」かというローマ法由来の区分けによっては帰結が異なるということが念頭に置かれています。

 筆者の問題関心は「(執筆当時の)法理論の枠組みが、現代的な生物・医療技術の進歩によって発達した社会にあっては、人体の資源化(商品化?)などの問題に対して理論的整合性を欠く上有効に機能しないのではないか?」という点にあるようです(ex.ムーア事件)。

 以下、概ね時間軸に沿う形で論が進められます。
 そこでは、市民法において自然人を含む「人格」存在が法的空間に表れた擬制であること(p.69〜)、身体が神聖(そして穢れた存在)であることを理由として市民法ではなく教会法と医学の領域で取り扱われてきた(p.129〜)、そして、市民法領域では「人格」を保障する反射として人体を保護すれば足りたという経緯が紹介されます。
 近代に至って、近代国家の成立と憲法を中心とした公法学の領域の拡大が生じ、そこでは、物の持つ暴力(ex.機械や乗り物による事故)によって身体を法が直視する機会が表れたことが指摘されます。また、国家が公衆衛生や労働法制の担い手となったことも、「人」と「モノ」との法的な枠組みに揺さぶりを与えてきたとされます(p.167〜)。特に輸血という技術の登場が大きな法理論上の難題として表れたにもかかわらず、一部の法学者が問題を提起した以外は(ex.R.サヴァティエ、A.ダヴィド、X.ラベ)、通説的な法学者は伝統的な「人格=身体」理論(ex.J.カルボニエ)を組み替えること無く、人体を法的空間に登場させようとはしなかったことが紹介されます(p.229〜)。

 結論としては、1).身体を「モノ」として扱うこと、2).人間の商品は取引の対象とならない特別な「モノ」として扱うことが、理論的整合性と共に人の身体をより良く保護することになるという立場に筆者は立つようです。これに対して、「人格=人体」の原則を維持したままで肉体を人格に取り込む理論として、X.ラベが引き合いに出されています(p.266)。ここで、取引が許されない理由は、身体が神聖なモノだからという宗教的理由に依拠せずとも、人間の尊厳によって支えることができる…としています。ただし、尊厳概念の内実については詳述されていません。
 日本でも似たような主張を…聴いたことがありますね。。。

 移植医療などはフランスに限らずどこの国でも(先進国に限らず!)最近は行なわれているようですし、問題関心としては日本でも似たようなものがあると思います。また、野上先生の訳や細かな注釈も良いので、この本は法学関係者以外の方が読んでも充分楽しめるでしょう。
 実際には、フランス生命倫理法は、原理としては「人格=人体」を維持しつつ、構成としては「人体」を法典上に新設するという立場をとった訳で…、ボーにとってはこれはアクロバティックな解決法に見えたかもしれませんね。
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by vla_marie | 2008-03-05 02:38 |
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