『ジーニアス・ファクトリー』 |
「しかし、彼には対策があった。賢い人間をいくらか増やせば、まぬけの大群を寄せつけずにいられる−「10人の賢人は1000人のばかに勝る」。−人類は「知的淘汰」によって進化を管理できる、とグラハムは宣言した。」(p.39) 調子が悪いのに刺身に手を出したせいか、昨日、私は夕方過ぎまで腹痛に苦しむハメに(苦。えぇ、頑強な身体ってのは、一つの憧れです。 翻って、聡明な頭脳というのも、いつの時代も多くの人が憧れるもの。中には、人為的な天才作りに手を出す方々も、歴史上存在しました。 そんな天才作りを夢見た一人に、ローバート・グラハムという人物が居ます。彼は「ノーベル賞受賞者精子バンク」を設立したことで有名で、米国の新聞紙・雑誌をはじめ日本のバラエティ番組にも採り上げられました。本書は、その精子バンク興亡を追いかけたノン・フィクション作品です(bk1;原著邦訳とも2005年刊)。 天才精子バンク創設者のグラハムは、元検眼師。プラスチック・レンズの発明によって得た富を注ぎ込み、1980年代に南カリフォルニアにバンクを作り上げました。後、1999年に閉鎖。 彼は、疑いようも無く優生学的思想を持つ反共・リバタリアンだったようです。つまり、彼は強い遺伝子決定論を支持した上で、「米国社会では社会保障などにより自然淘汰されない劣悪遺伝子保持者が多い!→真に優秀な人物を後世に遺すには人為による天才創出が必要!」などと考えて事業に踏み込んだ様子。ただ、1980年代を振り返ってみても英国や日本と違って、アメリカの社会保障ってそんなに手厚い訳ではなかったと思うのですが?サッチャー政権下で、英国の医療機関の貧弱化もありましたしね。また、1970年代には、ニクソン政権の下でマネジド・ケアが推進されたという話もあります。 80年代には既に、ゴールトン、ホールデンばりの優生学思想は白眼視される状況にありました(一方で、国家の介入を伴わないリベラル優生主義への批判は今程ではなかったようですが…)。それ故、グラハムは初期段階で3人のノーベル賞受賞者の精子をストックすることに留まり、「ノーベル賞受賞者精子バンク」の名前と裏腹に、バンクが保持していたのは大半がグラハムのお眼鏡にかなった自然科学系の非ノーベル賞受賞者の精子だったそうです。 また、彼に精子を提供した人物の一人にウィリアム・ショックリーが居たことも、社会から批判的な目で見られる要因の一つになったようです。ショックリーはトランジスタの発明でノーベル賞を受賞した優秀な研究者でしたが、人種差別主義者としても有名でした。ロリ・アンドリューズが、一種の示威行為として、申込をしていたとは…知りませんでした(p.141)。 本書の半分はグラハムや彼に加担した「天才」たちについて触れたものですが、残りの半分には、グラハムの天才精子バンクを利用した顧客やその子供のドナー探し、兄弟探しに関するエピソードが記されています。どうも、彼のバンクでは事務職員が結構杜撰だったようで、規約に反してドナーの情報を顧客に漏らしたり、手紙のやり取りを積極的にサポートしていたようです。ドナーの匿名性という観点からは、今ではあまり考えられないようなことですが…。 バンクから生まれた子供とその家庭環境、またドナーとの関係も色々で…生殖補助医療を受けた家族関係についてアレコレ考えさせられるものがあります。 ちなみに精子バンクについては、アメリカでは2005年からFDAの規制が行なわれています。まとまった調査として初めてのものは86-87年の技術評価局(OTA)によるものがあり、これを要求したのはアルバート・ゴア(当時上院議員)とのこと。すっかり忘れていました(恥。 日本での精子バンクは未だ公的規制無く、民間主導で行なわれていますが、さて、その実態は?東京精子バンクのTOPページを見ると、利用者はおられるようですが提供方法がなかなかすごいです。 「SEXでの提供の場合はホテル宿泊費などの実費はご負担下さい。(場所はご指定の場所で構いません。ホテルがベストですが、ご自宅に伺う事も可です)」 うーむ。シングル・マザーなら兎も角、婚姻カップルの利用があるのかな?もともと、シングル・マザーをターゲットにしているようではあるけれど。あれか、日産婦が婚姻カップル以外に施術を禁じているからか? |
by vla_marie
| 2008-02-14 05:55
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