『人間改造論』 |
お世話になっている先生が著者に入っているにも関わらず、今頃読了(発売は2007年9月;新曜社による紹介)。 人間改造と言えば、遺伝子によって特定の疾患を取り除くとか、知的・肉体的な能力を高めるといったものが、ポスト・ゲノム世代の今日では想定されるかと思います。 実際には、それに限らず、コンピューター・デバイスとの融合による人体改造といったSF的なものや、古典的な薬物や精神療法(?)による改造も広く「人間改造論」の射程には入ります。 そういった人体の改造には、従前「治療/エンハンスメント」枠組みという図式があり、そこでは「病気の治療目的で人体に手を加えるのは許されるが、本来的に有しない能力を獲得・機能強化するために人為を加えるのはいかがなものか?」といった論調が為されたこともあります。 しかし、どこまでが「治療」でどこからが「エンハンスメント」なのかはかなりグレーなゾーンが多く、現在ではグレー・ゾーンにおける個々の問題に応じて適応を検討するのが、一般的な議論の展開の仕方として割と多く見られるようになってきた、と思います。 本書が特徴的なのは、論文執筆者の半数が宗教をフィールドとする学者であること。 欧米と異なり、この領域で宗教学者の発言力が(相対的に)弱い日本では、結構珍しい編成でしょう。 そして、生命倫理のフィールドで優勢なキリスト教文化圏とは異なる宗教観からの考察がされている点が、面白いかと。 内容としては、諸々の問題を諸々の立場から指摘するというもので、「人体改造に関する問題提起を行なった!」というところで留まっています。 また、本書は(辛口な批評になりますが)それこそ「大鉈で切ったような」豪快な切り口の論文が多かったです。それゆえ、あまり精緻な議論となっていません。 しかし、執筆者から言わせれば「そんな重箱の隅をつつくような議論は、無益だ。もっと分かり易く、面白く、広く共感を呼ぶ議論をやった方が良い。」と思っての、思い切った割切りなのかも。 反面、全然この領域に詳しくない方が読んでも充分内容が掴める程、平易な文体で書かれていますので、良し悪し…かと思います。 とはいえ、「人間改造の全体像と宗教」といった大きな枠組み書いた論文があるかと思えば、「イスラムの補助生殖医療問題」という特定のスポット的問題を扱った論文があったり…バランスが初心者向きではないのですが(笑。 個人的に一番興味を持ったのは八木論文で、イスラム世界における生殖補助医療の問題を扱ったもの。 (政教一致の色濃い)イスラム法の対象は、義務行為・禁止行為のみならず、推奨行為・中立行為・許容行為・自粛行為という、日本では倫理・道徳がカバーする範囲までに及ぶそうです。 こうした、領域にも様々なイスラム法学説があり、当事者たち(例えば、中絶を行おうとする者など)は、各種の見解を踏まえつつ、最終的には自分自身で(神の御心に従って採り得るとされる行為を)判断し、実行する…ようです。ですので、宗教によって個人の自由な判断を封じ込めているわけではない、そうです。 ときに、イスラム教は「家族」を重視しており、そこでは血縁が非常に尊ばれている様子。そのため、通説的なイスラム法学の見解では、第三者の介入するAIDの様な生殖補助医療はネガティヴな評価をされているみたいです。 知りませんでしたね、こういう話は。。。 ここのところ、同じ「家族」を重視する志向とは言え、明治期の日本の「家」制度の下では、そもそも血縁よりも「屋号」(家号:家の通称)の存続が重視されたことを考えれば…結構面白くないですか? |
by vla_marie
| 2007-12-26 18:21
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