『人間の尊厳と生命倫理・生命法』 |
妊婦搬送の全国調査が行われたそうで、「2006年度に3回以上の拒否をした病院が600を超えた」などと報道されましたね(読売、朝日、読売(医療))。 で、母体や新生児の搬送に伴う受け入れ拒否の理由についても記事が出ていました(読売(社会)、中国新聞)。 正直、「"産"のことになるとやっぱり記事がでかくなるな(ちょっと、不安を煽り過ぎなのでは?)」という感は否めないところがあります。外形的に規模の大きい病院でも、救急のキャパは決して見た目程大きくないとも聴きますし、別の傷病でも似たようなことは起きているのかもしれません。 今週は、ホセ・ヨンパルト・秋葉悦子『人間の尊厳と生命倫理・生命法』(成文堂、2006)を読了。 と言っても、これも長らく"積ん読"になっていた本ですが。。。(bk1) 構成としては総論部分をヨンパルト先生、各論部分を秋葉悦子先生が担当になっています。 総論部では、欧州型の「人間の尊厳」とアメリカ型の「個人の尊重・自由-自己決定再重視型」は違うんだと…、これまであちこちで展開されてきたヨンパルト理論が簡潔に纏められています(主にドイツの議論が踏まえられています)。 「人間の尊厳」の語用論や歴史的背景が解説されていますが、最終的には「リベラリズムには色々あるけど、個人の「自由」だけを「最高善」とするのは間違いない性格で、それだけでほんとに良いのか?(だめでしょう)」というところが主張として打ち出されます。 そこのところを抑えた上で、以下の各論部分を考えてよねという…「いかにも教科書」な流れになっていますので、誰にでも読みやすいかと思います。 とはいえ、法哲学等基礎法系の授業を取ったことが無い学生さんや一般の方には、総論部分はやや冗長に感じるかも(それでも、かなりコンパクトにはなっているのですけどね)。 各論部分は、個々のテーマについてその歴史的背景や法整備、現在の課題を纏めてあり手頃な感じです。ちょうど授業に使いやすい長さに、してるんでしょうね。 扱っているテーマは、インフォームド・コンセント(IC)、尊厳死、脳死・臓器移植、ヒト胚研究、生殖補助医療。安楽死、中絶、そして死刑(これのみヨンパルト担当)となっており…相当広範。ただし、環境や戦争の問題は扱われていません。 特徴的なのは、アメリカと日本との状況を対比した説明の後で、イタリアの現況にも触れていること。日本の研究って英語やドイツ語圏の情報は多いのですが、イタリア研究は稀少なのでこれだけでも興味深いものがあります。 アメリカ型の生命倫理、とりわけ強い個人の「自己決定」を前提とする医療倫理は、世界的に見ても「特殊」なものだと思うのです。しかし、アメリカが"Bioethics"の発祥地であることもありますし、また、英語以外の外国語を扱える日本人研究者の数がそれほど多くない(特に理系は…)ことなどから、単に日米比較で終わってしまう論考も非常に多いですね。悩ましい。 そんなわけで、米国流のやり方への疑問もちらほら提起されていました。 例えば、尊厳死問題について。 米国流だと尊厳死のお話は「患者の自己決定権」の話に還元されるわけですが、そもそも当人は意識不明なわけなので、本人意思を推定するということが行われている。 でも、これは実際には、それを推定する他者の意思に他ならないわけだし、プライヴァシー(私事)の代行という考え方そのものが奇妙だ。 そもそも、尊厳死問題で問題になるのは、患者の尊厳であって、直接的には患者の意思(自己決定権)ではない。だから、これは本人に苦痛を与えるだけの「執拗な治療」かどうかという客観的なところで議論しなければならない、と。 この批判自体は、他にも言っている方が居ますが、倫理学者以外にはあまり有名でないのでしょうか? その上で、「執拗な治療」を回避するものである場合は、「正当業務行為」(刑35条)として、殺人罪(同意殺人罪)の構成要件あるいは正当性を阻却する余地がある、と秋葉先生は主張されています。 ちなみに、ここで言われている尊厳死の処置を「正当業務行為」とする説は、一般的ではありません。 他、ヒト胚研究や生殖補助医療の面でも独自の見解が出てきて結構面白いのです。 いかんせんキリスト教の影響と思われる記述がそこかしこに出てくるので…、宗教嫌いな方はアレルギー反応を示されるかもしれませんけど。 |
by vla_marie
| 2007-10-27 06:59
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